塾で教える日本の歴史 ③ 文明の誕生

人類の文明はどこから、どのようにして誕生していったのでしょうか。

文明の誕生には次のような条件が必要だと言われています。

すなわち

1 温暖な気候

2 農耕に適した都市

2 大河の存在・・・水です。

肥えた土地に農耕が発達し、次第に文明が発達していきます。

都市への定住・・余剰農産物により富の蓄積がおこり、人々は都市に集まってきました。

文字の存在・・・知識の保存が進みました。

アジア・アフリカで肥沃な大河の周辺に文明が興っています。

4大文明について、場所・大河・文字・その他特徴についておさえておきましょう。

文明 時期 大河 文字 その他
メソポタミア文明 5500年前紀元前3500年 チグリス・ユーフラテス川 くさび型文字 ハンムラビ法典
60進法
太陰暦
エジプト文明 5000年前紀元前3000年
ナイル川 象形文字(ヒエログラフ) ピラミッド
スフィンクス
天文学・太陽暦
インダス文明 4500年前紀元前2500年 インダス川 インダス文字(未解読) モヘンジョダロ
上下水道
アーリア人の侵入
中国文明 3500年前紀元前1500年 黄河 甲骨文字漢字のもと 青銅器

これらの4大文明以外にも古代文明はあったと考えられています。

例えば、中国の「長江文明」・南アメリカの「アマゾン文明」・東南アジアのメコン川流域の「バンチェン文明」

それに大河はありませんが、豊富な雨が降る「インカ文明」「マヤ文明」「アステカ文明」なども存在しました。

興味がある生徒は調べてみましょう。

宗教の誕生

原始宗教は旧石器時代にも見られますが、ここでは3大宗教とは何かを中心に考えましょう。

仏教・・紀元前500年ころ(2,500年前)インドで釈迦が説きました。

釈迦というのは部族の名前で、ゴータマ・シッダルタとか、悟った人という意味の「仏陀」とか呼ばれています。

インドから中国、朝鮮を経て日本には538年ころ教えが伝わりました。「百済から仏教、ご参拝(538年)」

「悟り」とか「空の思想」「輪廻」「慈悲」がキーワードです。

キリスト教・・紀元前後(2,000年前)パレスチナに生まれたイエス・キリストが創始者です。

キリストというのは「救世主」という意味で、神を信じる者は救われると説きました。

イエスが十字架にかけられて処刑されたので、十字架がキリスト教の象徴となっています。

当初ローマ帝国に迫害されましたが、のちに(4世紀)ローマの国教となっています。

「新約聖書」はイエスの生涯について書かれています。

新約とは「神との新しい約束」という意味で、ユダヤ教の「旧約聖書」とともに、キリスト教の聖典です。

イスラム教・・7世紀にアラビア半島で生まれた「ムハンマド(マホメット)」が始めました。

唯一神アラーを信仰し、正しい行いをせよと説いています。

「旧約聖書」と「コーラン」が経典です。

一神教(唯一の神のみを信じる)である。ユダヤ教・キリスト教・イスラム教のいずれもアラビアで起こったのは不思議ですね。

現代のパレスチナ問題は、中東パレスチナの「エルサレム」が、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の聖地であるのが原因です。

第二次大戦後にイスラエルがこの地に建国しました。このことにより、以前にこれらの地に住んでいたパレスチナ人たちが住む場所を失い、パレスチナ難民になりました。 

イスラエル人はユダヤ教を信仰していますので、イスラム教徒の多いアラブ諸国のあいだでイスラエルに対しての反発が強いのです。 

また、アメリカ合衆国がイスラエルと同盟を結んでおり、アメリカはキリスト教の多い国なので、アラブ諸国ではキリスト教への反発につながっています。

このようなパレスチナ周辺の政治問題をパレスチナ問題といいます。

日本人は無宗教といわれていますが、仏教を信じている人が多いようですね。

仏教は「悟る」ということを目標にします。誰でも悟れるということですよ。

それに日本では「八百万の神」というように、一神教とは大分考え方が違うようです。

宗教に関して学校では教えませんが、世界の大多数の人は「唯一神」を信じていますので、

海外に出かけたときはそのことに注意して行動しましょう。

さてもう一つ、仏教はインドで起こりましたが、現在のインドでは「ヒンズー教」が中心です。

もともと仏教もヒンズー教を基本にしているようです。

ヒンズー教は「牛」を神の使いとして、牛を食べません。イスラム教は「豚」を不浄のものとしているので豚を食べません。

同じ食べないのでもこのような違いがあるわけですね。

エジプトのピラミッドとスフィンクス

矢頭嘉樹

塾で教える日本の歴史 ② 人類の誕生

宇宙の誕生から人類の誕生までは理科の分野になりますが、簡単に紹介をしましょう。

138億年前・・宇宙の誕生・・宇宙の歴史は意外と短いという気がしますね。

46億年前・・・地球の誕生

40億年前・・・原始生命の誕生

10億年前・・・多細胞生物の誕生

5億年前・・・・脊椎動物の誕生

2億年前・・・・哺乳類の誕生

700万年前・・・人類の誕生

最初の人類はアフリカに現れました。猿人と呼びます。

猿人の特徴

・直立2足歩行・・・立って歩くことで手が自由に使えるようになり、大きな脳を支えられるようになった。

・道具の使用・・・・自由になった手で道具を使い、知能が発達していった。

映画「2001年宇宙の旅」の冒頭で道具を使う場面がありますが、これが猿人のことでしょう。

最古の人類は「サヘラントロプス」や「アウストラロピテクス」のちに「ホモハビリス」も出現しています。

200万年前・・・原人の誕生

打製石器の使用・・ただの道具ではなく、石を打ち欠き鋭い刃を持った石器が使えるようになりました。

この打製石器で動物を捕えたりしたと考えられています。

50万年前くらいには、火を使用することもできるようになりました。

「ホモエレクトス」「北京原人」が有名です。

30万年前・・・旧人(ネアンデルタール)の誕生

お葬式の跡が残っているので、大分精神的に進化していました。

20万年前・・・新人(ホモサピエンス)の誕生

現在の人類の直接の祖先で、狩りや採集をおこなっていました。

アフリカから世界中に広がっていきました。

今の人類はみんな、アフリカに住んでいた新人のある女性の子孫だといわれています。

人種間の違いなどありません。

使っていた道具から石器時代を2つに分けることができます。

旧石器時代・・打製石器を使用・・200万年前から1万年前まで

新石器時代・・磨製石器(表面を磨いて切りやすくした石器)1万年前から

人類の条件とは次の3つといえるでしょう。

1 直立2足歩行

2 道具の使用

3 火の使用

上は映画「2001年宇宙の旅」のオープニング場面です。

人類が道具を使う様子が描かれています。

矢頭嘉樹

塾で教える日本の歴史 ① 宇宙の誕生

歴史といっても、宇宙の歴史・地球の歴史・生物の歴史・人類の歴史と色々なスケールの歴史があります。

ここではこれらのうち主に我々が住む「日本の歴史」を扱います。

日本という国はどのようにして成り立ち、どのようにして発展してきたのかを見ていくわけです。

日本以外の他の国の歴史は、日本と関係が深い時代を一部紹介しますが、

その他のいわゆる「世界史」は高校で「世界史」として独立した科目がありますので、楽しみにしておきましょう。

考えてみたら宇宙の誕生からこの平成の時代まで、ずっと歴史は続いているわけで、決して断絶しているわけではありません。

ですから歴史の勉強をしていく中で先ず宇宙の誕生から始めるのは自然な流れです。

宇宙は、今からおよそ138億年前に誕生したと考えられています。

誕生以前のことを想像することは困難ですが、「無」であったということです。

つまり「無」から「有」が生まれたわけですが、その「無」は「真空エネルギー」に満ちていました。

真空エネルギーは、ゆらいでおり、無と有の境目はあいまいだと考えられています。

138億年前、ゆらぎの中、無から宇宙が生まれました。

始めはほんの小さな宇宙でしたが「インフレーション」と呼ばれる急膨張により瞬時に大きくなり、

1円玉位の大きさになった時「真空エネルギー」が「熱エネルギー」に変わり

「ビッグ・バン」と呼ばれる大爆発を起こします。

ここまでで、宇宙誕生から10の-44乗秒後から10の−36乗秒後の話であって、

ビッグ・バン時点での宇宙は1兆度以上の火の玉状態であったと考えられています。

この10の-44秒というのは高校数学で習うので、今はとても短い時間だとだけ覚えておきましょう。

知りたい人には後でじっくり教えます。

誕生よりおよそ38万年後、光子が長距離を動くことができるようになります。

これを「宇宙の晴れ上がり」と呼びます。

その後も宇宙は膨張を続け、温度も下がり、最初の「銀河」が誕生します。

宇宙の誕生から、宇宙の晴れ上がりまでについては、異論も多く、現在も研究が続けられています。

この時代は物理学者の領域で、相対性理論や量子論がその中心となるものです。

アインシュタイン、ガモフ、ホーキンスらによる宇宙誕生理論のほか、

1960年代以降宇宙はひもからできているという「ひも理論」も有力な宇宙誕生理論となっています。

矢頭嘉樹

12月14日は表題の通り、赤穂浪士の四十七人が吉良上野介邸へ討ち入りを果たした日です。

映画「最後の忠臣蔵」やお正月時代劇で「忠臣蔵〜その義その愛」が放送されるなど、忠臣蔵の話題は尽きないですね。

忠臣蔵はいつまでも日本人の心に残る物語ということでしょうか。

忠臣蔵の魅力は、その名の通り「忠義」なのでしょうか。

中村勘三郎さんの大河ドラマ「元禄繚乱」では「権威への反抗」だと描いています。幕府及び幕府高官である吉良への抵抗が赤穂浪士の魅力であると思います。

吉良が浅野内匠頭を苛めた証拠がはっきりしない、という意見がありますが、幕府高官である吉良が証拠を残したりするでしょうか?勅使や院使の饗応に失敗したら責任を問われるのは吉良自身です。そんな吉良ですので、苛めは陰湿なものなります。致命的な苛めにならないように、手加減していたのかもしれません。

苛める側は大したことはない、と思っていても、苛められる側はそうは思わない事が多いはずです。赤穂事件も正にそうだったのではないでしょうか。浅野内匠頭は頭痛持ちだったそうですから、なおさら吉良の苛めが辛かったのではないでしょうか。

要するに、殿中刀傷事件は、権力ある者から、ない者へのイジメが原因だったのではないでしょうか。

もちろん、これだけでなく民衆の人気を赤穂が得ることができたのは、大石内蔵助始め赤穂浪士の工作があったのではないでしょうか?吉良を悪者にして、赤穂浪士を英雄にする、そんな大石内蔵助の術中にまんまとはまったのが吉良や上杉藩だった?! 赤穂の作戦勝ちですね。

というわけで(?)今日は早英ゼミナールのキャラクターとして「早英門(そうえもん)」というのを作ってみました。

本名「矢頭早英門」十三歳です。ご存じかどうか、「矢頭右衛門七(やとうえもしち)」の弟という設定です。実際は妹が二人いたようです。矢頭右衛門七は討ち入り当時十七歳という若さでした。大石内蔵助の息子「大石主悦」に次ぐ若さで、切腹したことになります。美少年だったようで、実は女性には一番人気でした。

矢頭早英門を加えると、赤穂四十七士ではなく四十八士になります。「AKB48」ならぬ「AKO48」というわけですね。

赤穂観光協会のホームページにすばらしい動画がありましたので、ご案内します。

早英ゼミナール 塾長 矢頭嘉樹

現代トレンディ・ドラマ(?)のような「江〜姫たちの戦国」が終わりました。

江や淀君の言葉づかいがとても気になった「時代劇」でした。姫たちが「ずっこける」ところは好きでしたけれど・・・

「江」の中で歴史とは違うというところが多々あったと思うのですが、その一つ、3代目将軍に家光が決まったのはどういういきさつだったでしょうか。

私の知る限り、秀忠や江は国松(次男)を次期将軍にと考えていたのに、春日局が家康に直訴して竹千代(家光)に決まったはずです。秀忠と江は優秀な次男を後継ぎと考えており、家康は長男が後継ぎと考えていました。

武家の相続に関して、鎌倉・室町・江戸ではシステムが違います。

鎌倉時代は、分割相続でした。初期には女子も含め皆が相続しました。しかしこれでは家が段々細分化されて弱体化してしまいます。そこで室町〜戦国時代は、優秀な男子に相続させました。いわゆる惣領制です。この問題点は誰が最も優秀かということで争いがおこることです。現に後継ぎ争いで「応仁の乱」がおこり、戦国時代へとつながっていくわけです。

後の江戸時代は、長子相続制です。平和な時代になったのだから、だれが相続しようと変わらない。それなら争いを防ぐ意味で、長男に相続させると決めておけばよい、という事になりました。実際将軍の中には「障害者」もいたということです。(注1)障害者がリーダーになれるというのは、いい時代だと思います。

というわけで、親が「優秀な子に相続させよう」と考えていたのに、家康は「長子相続」を譲りませんでした。

実際秀忠自体さほど優秀でもなかったのに将軍になっているのですからね。秀忠は「関ヶ原の戦い」に遅刻するくらい、戦いは苦手でした。それでも家康が亡くなった後は「改易・減封・転封」(注2)などで、徳川幕府の基礎を固めました。「地位が人を成長させる」ということでしょうか。

(注1)9代将軍徳川家重

   家重は「脳性まひ」と言われていますが、知性に劣るところはなかったようです。

   井沢元彦氏の「逆説の日本史」によると、「隠れた名君」であるとのことです。

   女性説もありますが、まさか・・・

(注2)改易は領地没収、減封は領地削減、転封は国替のことです。

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早英ゼミナール 塾長 矢頭嘉樹

↓井沢元彦の「逆説の日本史」の江戸時代の巻です。

目からうろこの説が展開されています。

小中学生を教えていて、歴史を知らないと感じることが多いです。

特に女子生徒。卑弥呼が使いを送った国は、三国志で有名な「魏」だよ、といっても三国志自体を知らないので話がそこで終わってしまいます。

その点男子生徒は、ゲームで体験していることもあって、三国志の話をすると乗ってきます。魏・呉・蜀でどの武将が好きか?卑弥呼と三国志の時代が同じだったとは驚いたとか・・・

大河ドラマで歴史が好きになったという人も多いですよね。今の「江〜姫たちの戦国」でも、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康といった武将を身近に感じさせてくれます。

「JIN〜仁」での坂本龍馬も魅力的でした。来年は「平清盛」です。これも楽しみですね。

 歴史は教科書を暗記しても、面白くも何ともないので、ドラマ以外に、こういうゲームでの体験も好きになるきっかけになると思います。 ↓

坂本龍馬は繰り返し映像化されています。最近ではNHK大河ドラマ「龍馬伝」や「JIN−仁」等

では坂本龍馬の何が今の人々を惹きつけるのでしょうか。

坂本龍馬の魅力は「反骨精神と独立心」ではないでしょうか。脱藩して、自分で組織を作る独立心、日本最初の会社組織である「亀山社中」や「海援隊」 を創ったこと。 倒幕をプロデュースしながら、新政府には加わらないという反骨精神。この二つが龍馬の魅力だと思います。

もうひとつ、師走になると気になるのが「忠臣蔵」です。

忠臣蔵に関しての本・映像は、ほぼ集めたと思っている位です。最近忠臣蔵の魅力は「反骨精神」にあると思うようになりました。徳川幕府という権力に対しての「抵抗の姿勢」が私を惹きつけます。「忠義」という古い精神だけであったら、今の時代に人を魅了することはできないでしょう。

吉良上野介がどのような人物であろうと、幕府の高官として横暴な権力を振るっていたのは間違いないでしょう。大石内蔵助はじめ四十七人は、その権力に対し、更に将軍綱吉に対し抵抗したという反骨精神が立派であると考えます。

赤穂義士が示した「幕府への反発」が坂本龍馬や西郷隆盛まで影響を与えているというのは、言い過ぎでしょうか。

赤穂四十七士の中に「矢頭右衛門七」という若者がいます。

彼に付いては語りたいことが多くあるのですが、それは又の機会に・・・

坂本龍馬も忠臣蔵も、教科書では一行で済ませられているのも共通しています。

坂本龍馬は「薩長連合を仲介した」、

忠臣蔵は「元禄時代に赤穂事件をおこした」としてしか記述されていません。

生徒には、教科書だけでは分からない生きた歴史を様々な本から学んでほしいと思います。

というわけで、最近読んで良かった忠臣蔵関係の本を紹介しておきます。

早英ゼミナール 塾長 矢頭嘉樹

勉強は、ただ単に問題を解けば良いというものではないはずです。

 「なぜそうなのか?」を知り成程と自分で納得することが大切です。

以前高校生に日本史を教えていた時、その高校生は「室町幕府」が 今の東京に在ったと思い込んでいました。確かに東京に室町という地名はあります。 結構成績の良い生徒だったので意外でした。

徳川家康以前の江戸は開発されていなかった事、室町時代の特徴は 武家の文化と公家の文化が融合していた事等 を考えれば、室町幕府は京都の室町に在ったと思い浮かぶはずです。

日本史の細かい事件等をいくら暗記していっても、大まかな流れを掴んでいないと、 勉強していても 面白くないですよね。

流れを掴む事によって、成程そうなのだなと理解が進んでいきます。

今日は、中学受験を目指している小学生、高校受験を控えた中学生、 また文系科目の苦手な高校生に 薦めたい本があります。

下記アマゾンのリンクを参照ください。

早英ゼミナール 塾長 矢頭嘉樹

「和をもって貴しとし、忤(さから)うことなきを宗とせよ。」 聖徳太子の17条憲法の第1条です。

聖徳太子は天皇中心の国家を作り、仏教の力で国内をまとめようとしたのですが、その太子は17条憲法の第1条で、「和」が大切だと言っています。

この言葉には「輪になって話し合っている、円陣を組んでいる」イメージがあります。天皇より仏教より大切なものは「人々の和・・・話し合い」だということです。

今回の「ワールド・カップ・サッカー」の日本チームが感動を呼んだのはこの「和・輪・環」になっている姿だったのではないでしょうか。最後に「PK戦」という「個人戦」で決まってしまったのは、勝敗の皮肉でした。

参考までに、最近の歴史教科書では「聖徳太子」という名前より 「廐戸皇子」の方が 優先されています。 「イエス・キリスト」を「馬小屋イエス」と呼ぶようなものでしょうか。

そういえば、「聖徳太子」を描いた映画を見たことがないのですが、どなたか ご存知でしょうか。伝説は伝説として、「優れた人物」として描いた映画があっていいと思うのですが。聖徳太子を「超能力者」として描いたマンガは見たことがあります。 「大化の改新」は数年前NHK・TVで見ました。

NHKの「大河ドラマ」は、日本人の歴史知識を増やす上で、かなり役立っていると 思うのですが、時代が「戦国時代」と「幕末」に偏りすぎています。 卑弥呼の時代や、平安時代、室町時代も魅力的な時代なのですが、 視聴率が取れないのでしょうか。それなら2時間ドラマでも、別枠でも、民放でも バラエティでない「歴史ドラマ」を期待します。

最近の教科書からの話題を少し・・・

中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を 暗殺した事件は  「乙巳の変(いっしのへん)」 と今の教科書にはあります。 大化の改新はその後の一連の改革を指します。

また今の教科書では、金閣寺ではなく「金閣」、銀閣寺ではなく「銀閣」と呼びます。

他に「足利尊氏」の髪振り乱した落ち武者姿の絵や「源頼朝」の 凛々しい姿も、本人かどうか疑わしいという理由で教科書からは消えています。

私の習った時代とは大分違ってきていますね。

(早英ゼミナール 塾長 矢頭嘉樹)

菅直人新総理大臣が誕生しました。

後半の鳩山前首相は、TVで見ているだけでも余裕がなくなっており、 可哀そうに思う程でした。何故そんなことになったのか?

「権力の二重構造」と「国民主権」の点から考えてみました。

「小沢(私は別に嫌いではありません)」という「裏の権力」と「国民」という 「真の権力」に挟まれて苦労する「中間管理職」のような「総理大臣」が鳩山前首相だったように思われます。 しかも「アメリカ」という「外の権力」も無視できません。

少し前、理社ゼミで「日本で一番偉い人は誰だと思う?」と生徒達に 聞いてみたことがあります。生徒の「総理大臣!」という答えを予想して 「いや、実は国民なんだよ。日本国憲法にちゃんと書いてある。」と憲法の 話に持って行こうとしていました。ところが生徒から返ってきたきた答えは 「小沢さん!!」というものでした。「日本では幹事長が一番偉いんだよね、先生!」「・・・確かに。」と たじろぎながらも納得してしまった私は、「摂関政治」に話を持って行きました。

「平安時代、藤原氏は、たくみに他の貴族を退けながら、娘を天皇の妃にし、 その子を次の天皇に立てて、勢力をのばしました。天皇が幼い時は摂政、 成長すると関白という職について、政治の実権をにぎるようにようになりました。 このような政治を摂関政治といいます。」と中学の教科書に書いてあります。天皇がいるのに、藤原氏の方が権力があるという「権力の二重構造」がここにはあります。

次の鎌倉時代でも同じです。源氏将軍は三代で滅び、摂家将軍・親王将軍と「鎌倉幕府の 征夷大将軍」は続くのですが、実権は北条氏が「執権」として握ります。しかし、その執権よりも権力があったのは、「北条氏の長者」つまり「得宗」だったのですから、 日本の権力構造は「天皇→摂関→将軍→執権→得宗」と五重になっています。

このあたりテストに出るのでちゃんと覚えておくように・・・・

このように日本の権力構造は面白いですね。

ペリーが日本に来た時、「誰と話をすれば良いのか迷った 。」 という話も頷けます。

藤原氏や北条氏に付いては、私の好きな分野なので、 いつか詳しく書いてみたいと持っています。

結局何が言いたいかというと、菅新首相には 「国民→総理大臣→民主党→官僚→アメリカ」という図式、つまり アメリカに一番権力があるという状況を避けてもらいたいということです。

何といっても、日本の主権者は国民なのですから。

(早英ゼミナール 塾長 矢頭嘉樹)

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