ビートルズでナンバーワンの曲は、何と言ってもこれ

「ストロベリーフィールズフォレバー」特にこの「LOVE」バージョンは素晴らしい。


ギター弾き語りのフォーク調からだんだん楽器が増えていって、サイケ調になっていく。

最後は「サージェントペッパーからハローグッバイ」と続き、

にぎやかになっていくところ、いつ聴いても興奮する。
「もう一つの別の世界」ジョンの「イチゴ畑」に行ってみたいな(^。^)...

ストロベリーフィールズに連れて行ってあげよう

なにごとも現実ではなく 縛られるものもない

ストロベリーフィールズは永遠だから

目を閉じておれば 生きていくのは簡単だ

目を開けていれば

見えるものすべてを 誤解してしまうから

何者かになることは難しいけれど 何とかなるものさ

何者かになるなんて 大した意味があるわけではない

だってストベリーフィールズは永遠だから

この世には 高い樹や低い樹があって

僕と同じ樹なんてない

それは悪いことではないよ

さあ ストロベリーフィールズに連れて行ってあげよう

なにごとも現実ではなく 縛られるものもない

ストロベリーフィールズは永遠の世界だから

早英ゼミナール

塾長 矢頭嘉樹

Free as a bird と Real love はともにビートルズ解散後

ジョン・レノンが未完成のままにしていた曲に

「アンソロジー・プロジェクト」の時に残りのメンバーが協力して完成させたものです。

ビートルズ解散が1970年、ジョンの死が1980年、そしてこの2曲が1995年。

25年振りの新曲ということで話題を呼びました。

「フリー・アズ・ア・バード」の方は、「鳥のように自由であること」が2番目にすばらしいことで、

それでは1番目は何だろう、といつも思っていましたが、曲中に答えはないようでした。

でも次の「リアル・ラヴ」をつなげて考えてみると、それはやはり「Love」なのですね。

恋人と別れ自由を得たはずなのに、それは最高の暮らしではなかった。

恋人が再び戻ってきて、真実の愛を確かめるというストーリー。

ジョンとヨーコの「失われた週末」を彷彿とさせますね。

「Strawberry fields forever」と「Penny lane」が2曲で1曲であるように、

この「Free as a bird」と「Real love」も2曲で1曲と考えたら納得できます。

Free as a bird

鳥のように自由であること

それは2番目にすばらしい生き方だ

鳥のように自由でありたいと思ってきた

きっとうまくいく

巣に帰る鳥のように きっと僕は飛べる

翼を持つ鳥のように

そう思ってきた

僕たちの人生に 何が起こったにせよ

本当にお互いなしで 生きていけるのだろうか

そうも思った

いつも僕を豊かにしてくれた あの大切な感触を

どこで失くしてしまったのだろう

鳥のように自由であること

それは2番目に素晴らしい生き方だ

鳥のように自由でありたいと思ってきた

何が起こったにせよ

かつての僕たちの人生は

いつも僕を豊かにしてくれた

Real love

僕のささやかな計画は

忘れられた夢のように 

消えてしまったと思っていた

僕はずっと君を待ち続けていたのだ

幼い子供たちが おもちゃで遊ぶように

ずっと愛を待ち続けていた

もう一人じゃない

一人ぼっちじゃない

これが本当の愛

これが 真実の愛なんだ

愛が戻ってきた瞬間

僕はどうすればよいか わかった

今までずっと 愛を探していたんだ

一度は失った君を待っていたんだ

もう怖くはない

何も恐れることはない

これが本当の愛

真実の愛は

君のことだったのだ

早英ゼミナール 塾長 矢頭嘉樹

HOW   By John Lennon  From Imagine

目の前のことさえ全く見えないのに

どうしたら先へすすめるだろうか

どっちへ行けばいいのかさえ分からないのに

どうやったら前へすすめるのだろうか

何にも確信をもてないのに

何かをやらなきゃいけないのだろうか

僕には何もわからないよ

しっかり感じられるものなど知らないのに

どうやったら何かを感じとれるだろうか

感情を持つことを完全に否定されているのに

どうして感情を持てるだろう

人生は長いのだろうか

そうだとすると

強くならなきゃ 生きていけない

でも固く冷たいこの社会の中で

ときどき僕は何もかも投げ出したくなる

何を与えればいいのかも知らないのに

どうやったら何かを与えられるだろう

どうやって愛すればいいのか分からない

いったい愛することができる方法はあるのだろうか

愛されたこともないのに

どうやって愛せばいいのだろう

この先どうなるか

まったく分からないこの時代に

いったい僕はどうすればいいのだろう?

1971年のアルバム「イマジン」の中でも大好きな曲です。

ジョンのこの問いかけは、思春期だけでなく、

実は今でも私の中で有効です。

ジョージ・ハリスンはこの曲を聴いて

「涙が出るほど美しい曲」と言ったそうです。

http://youtu.be/uQU84QlukP4

ビートルズ・ナンバーは、歌詞についても色々議論がある曲が多いのですが、

愛こそはすべて」 All you need is loveもその中の1曲です。

ビートルズ・ナンバーの中で最重要曲の一つですが、ネットを見ても解釈が分かれています。

それは主に There's nothing you can do that can't be done  の部分です。

一つ目は「できないことをしようとしても、無理だ」という意見。

これは (there's nothing you can do)  that can't be done として、

you can do がnothing に掛かっていると考えるのですね。

「できないことの内で、あなたができることは何も無い」

CD日本盤の和訳がこれだったと思います。私も何となくこの意味だと思っていました。

「できないものはできない、できることをやっていこう」何となく、ジョンらしいですよね。

二つ目は、「どんなことも やればできる」と前向きな意味。

There's nothing (you can do) that can't be done  

これはthat を関係代名詞ととり、先行詞を nothing にすると、There's nothing that can't be done となり「できないことは無い」という意味になります。この場合、you can do は強調になるのでしょうか。

There's nothing that can't be done. Yes,you can.といった感じですね。

ポールマッカートニーの楽観的な意味が入っているような気がします。 

さて、どちらがピッタリでしょうか。 自分なりに訳してみました。

愛こそはすべて(ビートルズ)

やろうとしないことは 

できない

歌おうとしない歌は 

歌えない

言えないことはあっても 

ゲームのやり方を覚えることはできる

簡単なことじゃないか

作ろうとしないものは 

作れない

救おうとしなければ 

誰も救えない

できないことはあるかもしれないけれど

いつかは何者かになることはできる

簡単なことじゃないか

愛こそはすべて

いま必要なのは 

愛だけだ

分かろうとしないことは 

分からない

見ようとしないものは 

見えない

今いる所が違うと思えば

他の場所を探してみよう

簡単なことじゃないか

愛こそはすべて

愛こそはすべて

今必要なのは

相変わらず

性懲りもなく

愛しかない 

最後ちょっとミスチル風

早英ゼミナール 塾長 矢頭嘉樹

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ミスター・チルドレンの「タガタメ」

ビートルズ「愛こそはすべて」の影響を感じられて、一番好きな曲です。

アクロス・ザ・ユニバース  By The Beatles

降り止まぬ雨が

紙コップからあふれるごとく

言葉がこぼれだす

宇宙を横切って

言葉が滑っていく

心は悲しみのプール

水面を喜びのさざ波が漂っていく

それは私をとらえ やさしくなでる

Jai guru deva om

何ものも私の世界は変えられない

壊れた光のイメージが

百万の瞳のように 目の前で踊る

私を呼び続ける光が

宇宙をこえてくる

レターボックスの中で

吹き続ける風のように

思考はさまよい続ける

宇宙をこえて

思考は転んでいく

ジャイ グルー ディーヴァ オーム

何ものも私の世界は変えられない

耳をすますと

闇の中で 笑い声が鳴り響き

私をいざない 挑発する

百万の太陽のように

周りで輝いているのは

限界がなく

滅することもない 

愛は宇宙をこえて

私を呼び続ける

不滅の愛が宇宙を越える

栄光 導師 霊 神

何ものも私を変えることはできない

ジャイ グルー ディーヴァ オーム

何ものも私を変えることはできない

ポール・マッカートニーがジョン・レノンの息子(ジュリアンかな)のために書いた曲です。

ジョンとシンシアの離婚に悲しむジュリアンを慰めるために書いたといわれています。

ヘイ・ジュード  (ビートルズ)

ヘイ・ジュード 悪いように考えてはいけない 

悲しい歌も受け入れて より良い方に変えていかなくっちゃ

忘れないで

すてきな人のことでも考えていれば

明るい気持ちになれるはずだよ

ヘイ・ジュード 怖がらないで

思い切って 外にでかけて

気持ちをその人に 

伝えるべきだよ

その瞬間から 新しい世界が始まるさ 

苦しんでいる人は いつだって 世界中にいる

でも 世界中の苦しみを 

両肩で支えるなんてことは

誰にもできやしない 

そうだろ ジュード

肩に乗っかっているのは、オウムじゃないのだから。 

かといって この世は冷たい 

自分は「クール」だなんて 意気込むこともない

そんなのは バカげている 

ヘイ・ジュード がっかりさせないで

大切な人を見つけたのじゃないのかい?

だったら 自分の思うように行動すればいいさ

忘れないで

自分の気持ちに正直になるんだ

そうすれば心がホンワカしていき

新しいスタートを切ることができるよ 

気持ちを解放しよう

そして 受け入れよう

ヘイ・ジュード 始めよう

誰かが どこかで 何かを始めてる

君だって 何かを始められるだろう?

ヘイ・ジュード 君がやるんだ

君の肩に乗っかっているのは

重荷ではなく 君が必要とするものだ 

ヘイ・ジュード 元気を出そう

悲しい歌を 楽しい歌に 作り変えよう

大切な人を 心におさめたら

すべては うまくいくようになる

そんなものさ

NA NA NA  NA NA NA NANA 

NA NA NA HEY JUDE

NA NA NA NA ・・・You Are Great !

早英ゼミナール 塾長 矢頭嘉樹

元アップルCEOの「スティーブ・ジョブズ氏」の言葉に次のようなものがあります。

もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?

それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。」

ジョン・レノンは死の直前何を思ったでしょうか。無念の死だったにちがいありません。

ジョンがもっと生きていれば、素晴らしい音楽をもっともっと聴けたのにと悔しく思います。

ジョン・レノン以外でも、ジム・クロウチ、エルヴィス・プレスリー、ジョージ・ハリスン、マイケル・ジャクソン等が若くして亡くなっています。

日本人では、坂本九、F1レーサーでアイルトン・セナ・・・

そういった人々と共に老いたかった、という気持ちでいっぱいです。

そういった気持にぴったりの1曲。

ジョン・レノンの「グロウ・オールド・ウイズ・ミー」

共に老いていこうという曲は涙なくしては聴けません。

共に老いていこう   ジョン・レノン

僕と一緒に老いていこう

最高の時はまだこれから

僕らの時代は始まったばかり

きっと一つになれる

神も祝福してくれるだろう

僕と一緒に老いていこう

一本の樹に二本の枝

人生の終わりには

二人で夕陽を見つめていよう

神の祝福を受けるように

人生を共に過ごせば

二人は一緒にいられる

終わりなき世界で

僕と一緒に老いていこう

どんな運命が待っていようとも

僕らは生き抜いていける

僕らの愛は本物だから

神の祝福があるだろう

GET OLD ではなく GROW OLD 、これは、ただ単に年をとるのではなく「成長していく」という意味が込められていると思います。

早英ゼミナール 塾長 矢頭嘉樹

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6月29日はビートルズ初来日の日です。

ポールも来日決定か? というこの時(2013年6月29日)山口大学教授の福屋利信さんの書いた「ビートルズ都市論」を読み直しました。

この本は、ビートルズゆかりの4都市、リバプール・ハンブルグ・ロンドンそして 東京、 4人がこれらの都市から与えられた影響、また逆に4人が都市に与えた影響について 新しい視点から書かれています。

ビートルズはデビュー前、ドイツのハンブブルグで演奏していました。 そのハンブルグ時代の交友関係についてのことが特に印象に残っています。

後年ビートルズ、特にジョン・レノンがあのような哲学的な歌詞を書いたのは ハンブルグ時代の「実存主義者(イグジス)」の影響だというのです。 

元々労働者階級出身ながら知的興味心旺盛なジョン・レノンやポール・マッカートニーに とって「ニーチェやサルトル」の影響を受けた中産階級であるイグジス達との交流は 大きな刺激になったのですね。

映画「バック・ビート」にもそういったイグジスがでてきました。

またハンブルグで亡くなった 元メンバーの「スチュアート・サトクリフ」は画家志望の学生で、彼の描いた絵は今も 評価されているということです。

この本を読みながら、学生時代の事を思い出していました。 

商学部でありながら、文学部や教育学部の友人と下宿で、夜を徹して文学や哲学の話をしていました。懐かしく、古い話です。

福屋教授は「シェイクスピア論」があるなら「ビートルズ論」だって立派な学術論文に なると書いておられます。全く同感です。 

イギリスでは、「ビートルズ学」での修士論文が認められています。 

これら英語で書かれた「ビートルズ論」を原文で読むのを、これからの楽しみにしたいと 思います。ライフ・ワーク?になるでしょうか?

さて「ビートルズ都市論」の第4章は「ビートルズと東京」です。

東京公演が実現したのは、コンサート・ツアーを止めたいビートルズとツアーを続けたいブライアン・エプスタインとの駆け引きの結果だということです。

ブライアンは気乗りしないビートルズに「東洋の文化に接するチャンスだ」と交換条件をだしたかもしれない。

そうなるとブライアン・エプスタインは「ビートルズ来日公演」の最高功労者ということになりますね。

1966年、私は11歳。小学6年生でした。音楽は「加山雄三」に夢中だった頃ですね。

映画は「怪獣映画」と「加山雄三」の映画くらいしか印象にありません。

ビートルズの名前は知っていましたが、地方の小学生なので曲は聴いた覚えがありません。

学校の先生から「今度外国の不良グループが来るけど、気にしないように・・・」というお達しがあったのを覚えています。

なんてひどい先生だったのでしょうか! 今考えると!

ビートルズ来日の印象としては「東京にゴジラがやってくる!!ヤア ヤア ヤア」でした。

友達と「今度、髪の毛モジャモジャの外国人が、叫びながら日本に来るらしいぞ!」なんて話していたのを覚えています。

本当にテレビを見ても不穏な雰囲気で、怪獣来襲というような感じ。

それが1年後中学生になったら急に洋楽を聴き始めるのですから、不思議なものです。

早英ゼミナール 塾長 矢頭嘉樹

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LET IT BE   By The Beatles

悩み苦しんでいる時

マリア様が現れて

真実の言葉を伝えてくれる

あるがままでいなさい

あたりが暗闇におおわれるとき

僕の前に現れて

知恵ある言葉を教えてくれる

なすがままにしなさい

世界中には傷つき苦しんでいる人が大勢いる

答えは目の前にあるにちがいない

愛する人と別れたとしても

チャンスは残されている

言葉の力を僕は信じる

あるがままに なすがままに

夜になって あたりが暗闇におおわれても

君を照らす光は 失われてはいない

明日まで照らす まばゆい光がある

音楽と共に 朝目覚めると

悲しみはなくなる

そしてマリア様が現れる

あるがままに なすがままに 

そして僕らは今日も感動する

答えがあることを信じているから

Mother Mary とは、ポールの母親のことだという説もありますが、ここはやはり聖マリアと解釈したいと思います。

日本人には「観音様」でしょうか。

The Beatlesの「Carry That Weight」

「重荷を背負っていくんだ!」という曲。

これから人生の荒波に漕ぎ出そうとしている若い人に贈ります。

この曲を前向きにとらえて欲しいと思います。

Golden slumbers〜Carry That Weight〜The End

今はもうなくなってしまったけれど

昔は家に戻る道があった

泣かないで いい子だから

子守唄を歌ってあげよう

黄金のまどろみ(ゴールデン・スランバーズ)で満たしてあげよう

微笑みながら目をさますことができるように

昔は家に帰る道があったものだ

さて、君は重荷を背負っていかなくっちゃならない

これからずっとだよ

僕らビートルズは安眠まくらじゃない

招待状を送っただけだ

お祝いの真っ最中にもかかわらず

ビートルズはもう終わる

残念だけど

始まったものは終わる

さよなら

でもまた新しいものが始まる

これからも

君は重荷を背負っていかなくっちゃならない

もちろん僕らも同じだ

覚悟はあるだろうか

オーケイ それでいいんだ

今夜は君の夢を見るかもね

君のこと

心から愛している

結局

僕らが得ることができるのは

与えた愛と同じなのかも知れない

僕らが作りだす愛と

僕らが手に入れる愛の

総量は同じだ

それがビートルズの結論

ジョンとポールの結論なのさ

早英ゼミナール 塾長 矢頭嘉樹

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ジョージ・ハリスン「ヒア・カムズ・ザ・サン」

Here Comes The Sun   by George Harrison(The Beatles)

おひさまが顔を出すよ

ここに 光が注がれてくる

待っていた光だ

君よ 長く冷たく孤独な冬だった

何年もずっと耐えていたような気がする

おひさまが顔を出す

光があふれだす

嬉しいことだね 

君よ みんながほほ笑みを取り戻す

何年も見ることができなかったような笑顔だ

おひさまが顔を出す

恵みの太陽だ

ここに 光があふれている

君よ 氷がゆっくり解けていく

青空が広がっていく

おひさまが顔を出した

太陽がやっと現れた

もう大丈夫だ

心配することは何もない

2011年6月11日 村上春樹がバルセロナで、今回の福島原発について講演しました。

その最初の部分が次の文です。

日本語には無常(mujo)という言葉があります。

いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。

この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、すべてはとどまることなく変移し続ける。

永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。

これは仏教から来ている世界観ですが、

この「無常」という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、

民族的メンタリティーとして、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。

 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。

人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。

しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。

全文及び映像はこちら

もちろん村上春樹の言いたいことは、後半の「原子力発電・・・核にノー」という部分なので、 

ここだけ引用されても困るかもしれませんが、「諸行無常」という言葉は日本だけのものではないと思います。

東洋に(インドに)あこがれたジョージ・ハリスンに 「すべては過ぎ去っていく」「諸行無常」「万物流転」という題の曲があります。

ジョージ・ハリスンが「諸行無常」という言葉を知っていたかどうかはわかりませんが、

ジョージがビートルズ解散後最初に出したアルバムの表題曲です。

「All Things Must Pass」はジョージ・ハリスンらしい歌詞で、彼の代表曲といってもよいのではないでしょうか。

オール・シングス・マスト・パス (ジョージ・ハリスン)

朝焼けは午前中ずっと続くわけじゃない

夕立だって一日中続くわけじゃない

僕の愛も終わるようだ

なんの予告もなく

君を置いてきぼりにしてね

でも灰色のままじゃない

いつまでも落ち込んでいることはないよ

すべては過ぎ去っていく

夕焼けも夜までずっと続くわけじゃない

雲も心ひとつで吹き飛ばすことができる

結局僕の愛は終わりさ

僕らは別れないといけないようだ

でもいつまでも灰色の状態ではないからね

すべては過ぎ去っていく

人生の道しるべを 失う時がある

経験したことのない事態に直面する時もある

だから僕は自分の信じた道を進まなくっちゃならない

そして新たな一日にむかっていく

どんなに夜が暗闇に覆われようとも

朝になると 暗闇は消え去ってしまう

太陽の光は丁度いい時に射してくれる

昼間の太陽は有り難いものさ

いつまでもずっと灰色というわけではないよ

すべては過ぎ去っていく

光も 闇も いつまでも続きはしない

すべては過ぎ去っていく

早英ゼミナール 塾長 矢頭嘉樹

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ジョン・レノンの「イマジン」は、もう何千回と聴いている気がします。

想像してごらん、天国なんかないと。

国も、殺す理由も、宗教もないと、想像してみよう

世界平和の願いを歌い、湾岸戦争や9・11同時多発テロ等戦争の時には放送禁止にもなった曲です。

でも本当に世界平和を願っただけの歌なのでしょうか?

「仮定法過去」を使っていると仮定すると、ジョン・レノンのバック・グラウンドが見えてくる気がします。

現在の事実に反する事柄→古文でいう「ましかば・まし」の「反実仮想」です。

イマジンは、その現在の事実を述べた曲かも知れないと思うのです。

イマジン (ジョン・レノン)

天国が目の前にある

(これは事実だ)

地下には地獄がある

(これも事実だ)

我々の上には

空があるだけではない

(当たり前だよね)

我々は現世だけでなく

来世のためにも生きている

(これも当たり前のことだ)

国民性の違いは 

確かにある

誰だって必ず死ぬし

他の生物の犠牲なしには 

生きられない

宗教の違いも 

確かにある

我々は

平和に生きているだけではないのが 

事実だ

人は所有しないと 

生きていけない

欲張ることも 

しょっちゅうある

飢えることだって 

たまにある

だからこそ 

理想を語ろう

みんなで 

世界を分かち合うのだ

世界はきっと 

一つになる

最後は仮定法過去ではなく、未来形になってしまいました。

ジョンには天国があることが、空気のように当たり前のようですね。

日本人はもともと天国の存在など信じていない人が大半なのでしょう。

ですから「天国がない」といわれても、日本人には当たり前としか思えません。

そこが「神」や「天国」「キリスト」を信じているキリスト教徒と違うところです。

だからこそ、「天国はないと思え」と命令形で言うこの曲は西洋の世界では衝撃的だったのでしょう。

おまけです。

英文法で「仮定法」が分からなくて、このページを見ている高校生へ。

思っていたような説明がなくても、がっかりしないで下さい。下記ページが役に立つかも?

All About Japan

英文法ー仮定法

早英ゼミナール 塾長 矢頭嘉樹

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久しぶりに 村上春樹の「ノルウェイの森」を読み返しました。もっと古い小説かと思っていたら、 1987年ですから、23年前のこと、私はもう30歳を越えていた時なのですね。

読みながら、混乱していた学生時代を思い出し、何だか哀しくなってきましたが、 最後で「緑」との新しい生活を 暗示する場面があり、救われたような気がします。23年前には全然読みとれていなかったのだなあという感想です。

 さて、「ノルウェイの森」といえば、ビートルズの曲です。

「ノルウェイの森」の原題は「NORWEGIAN WOOD」で、「ノルウェイ製の家具」又は「ノルウェイ調の部屋」という意味です。

「ノルウェーの森」とは厳密にいえば誤訳なのでしょうが、深い森の中を彷徨うイメージがあり、シタールの響きと とても合っている良い邦題だと思います。 また、副題として「THIS BIRD HAS FLOWN」つまり「この鳥は飛んでいった」とありますので、 ひょっとしたらジョン・レノンは、鳥が飛んで行ってしまった所(森→ノルウェイの森)のイメージも 持っていたのかも知れません。そうなると、「ノルウェイの森」は誤訳ではないということになります。

ファンタジー風に訳してみました。

ノルウェイの森(ビートルズ)

昔 不思議な少女に逢った

いや 少女が僕に逢ったというべきか

部屋までついていくと

そこはノルウェイ調の素敵な部屋

どこに座ってもいいわよ 

と言われたが

椅子なんてなかった

それで 床に座り 

二人でワインを飲んだ

二時までおしゃべりをしていたら

朝から大事な仕事があるの 

と素敵な笑顔

ベッドもなかったので

バスルームで寝るしかなかった

目が覚めると

彼女は消えていた

鳥になって 

飛んで行ってしまった

素敵なノルウェイの森に

僕は暖炉に火をつけて

ぼんやり座っていた

僕も行ってみたいな

ノルウェイの森に

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